母親の有難味がとても分かった長い1週間の出来事

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丁度、1週間前に実の母親が「足が痛い」と言っていました。その前日に自宅のフローリングで滑ってこけたのを私も一緒に住んでいるので知ってはいました。しかし、とても痛そうだったので、私は仕事を休みを頂いて、母を病院に連れていきました。

すると、「右大腿骨頸部骨折」と診断されました。丁度、骨盤と大腿骨を通る部分で、大腿骨が少し首の様に細くなっている部分の骨折でした。「年を取ると共にだんだん骨折する割合が多くなるのです。」と医者からは説明を受け、手術が必要という事で、母は即日入院になりました。

そして、次の日に早速、手術という段取りになりました。私自身、「手術の後、痛いかもしれないけど、看護師さんに甘えて良いから、ちょっと病院で休んで、また、何かあったら電話してね。」と言いました。母はずっと、ゆっくりした事が無い人で、私達、家族のために家事全般を一人で毎日、していました。

、私自身も家事の事は余り、分からない為、「大丈夫かな。。。」とちょっと不安はありましたが、家政科食物専攻を卒業していたので、「大丈夫!」と気合いを入れて、その母の入院した夜から始めようとしましたが、何がどこにあるのか分からず、「ご飯は炊けたけどおかずがない!」という夜でした。

結局は、卵がたくさん冷蔵庫に入っていたので、玉子焼きやら卵とじやら卵ずくしになりました。そして、夜遅くまで、冷蔵庫の中に何が入っているのかを見てみると、なんてことでしょう!賞味期限切れの牛乳、ヨーグルト、豚肉、生?の焼きそば等々、出てくるは出てくるは。さて、明日は手術なので、仕事には余り差し支えない様に休む時間を逆算して、要らないものの生ゴミとプラスチック等のゴミの分別から始めました。

「これは、一人じゃ大変だったよね。」と今更ながら、母の偉大さを実感しました。その上に掃除、洗濯、お金の管理(いつ、どこから集金が来る等)。私は、一度も結婚もした事がないので、分からないはずです。昔、一人暮らしをした事はありますが、まだ、学生だったので、お金に困るとオレオレ詐欺ではありませんが、親に「お金をちょうだい」と電話していました。

その時の仇が返って来たのでしょう。そして、もう一つの問題点は、何もしない父親の存在でした。母は私には「何もしない」と以前から口を開いたら、言っていましたが、これほどまでとは思いませんでした。

「お湯を沸かして。」と頼んでも、IHコンロの使い方が分からない様で、昭和10年代生まれのおぼっちゃまで育った父には、今から教えても「無理かな?」と途方に暮れている今日この頃です。後、4週間、私がしっかりしなければと思っています。